創造性概念閉鎖空間

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 創造魔法。原初にして深淵なる魔法。
 すべてのヒトは赤子の頃からこの魔法に慣れ親しんでいる。己の想像を顕現させるということは、すなわち思考しうるあらゆる可能性を創造できるということ。個の魔力に限界はあれど、概念を共有すれば、その枷からさえ解き放たれる。
 ——しかしながら、個としての魔力が並外れている者が、きまぐれで思いついた創造魔法を行使し、さらにはうんと魔力をそそぎこみ、極めつきに想像力が貧困であった場合は——。
 “厭な”予感はしていた。
 ハーデスは真白い箱のような閉鎖空間のなかで頭を抱えた。原因となった男は今は魔力が欠乏して気絶状態だ。保有魔力だけは無駄に膨大なあの男が、である。箱型の室内に閉じ込められた時点で、ハーデスはすぐにある手段を試行した。ようするに全力で魔法をぶっ放したのだが、白壁はびくともしなかった。魔法が使えるのならと、次は転移術をためそうとするが、星の血である地脈や風脈と断絶されていることに気づいて諦めた。
 同じく巻き込まれた友人であるヒュトロダエウスは、その慧眼をもちいて、彼らをはばむ壁の性質を見破った。そして壁は特殊な概念で構築されており、定められた条件を満たさなければ、決して壊れることがないと、ハーデスにとってはありがたくもなんともない結論を下したのだった。
「どうせろくでもない条件に決まっている。お前はもうわかっているんだろう? さっさと言え。早々に済ませてここから出るぞ」
 そう言ったことをハーデスはすぐに後悔した。
「本当に? 早々に済ませてくれるのかい?」
 ヒュトロダエウスはいつも穏やかな微笑を湛えている。仮面でほとんど隠れている表情を外観で読むのは、誰しもむずかしいものだが、彼の場合は性質が違う。ヒトが有するエーテルは感情とともに揺らぎ、ハーデスはそれを視ることができる。だがヒュトロダエウスの感情はほとんど常に凪のようでつかみどころがない。そのため、墓穴を掘るのはいつもハーデスのほうで、諦めるのも早かった。
 ——とはいえそれがさらなる後悔につながらないとは言い切れない。
「……それで、条件はなんだ?」とため息まじりに吐き出した言葉に返ってきたものは、予想のはるか斜め上を行くものだった。
「セックスすること」
 簡潔に述べられた条件定義を前に、ハーデスは再び頭を抱えた。道理で床がクッション性の、寝転がっても痛くない仕様になっているわけだ。
「もしかしてキミたち、セックスレスなのかい?」
 なぜそんな定義付けがされているのかも、素朴な疑問といった体で、不躾な問いかけが投げかけられるのも、ハーデスにとってはもはやどうでもいいことだった。彼の脳内ではいかにしてこの空間を脱出するかのシミュレートがなされていた。
 その一、気絶している男を殺し、創造物の魔力切れを待つ。
 これはあまり現実的ではなかった。創造主が魔力切れで寝込むほどそそぎこんだのであれば、消失するのはいったい何年後になることか。
 その二、外部からの助けを待つ。
 もっとも願いたい事柄だが、果たしてハーデスの全力をもってしても壊せなかった魔法をどう解除するのか。そもそもこの空間が外世界に存在しているのかも定かではないのだ。
 その三、諦めて条件を満たす。
 ハーデスとあの男は一応そういう関係ではあるので、性行為に抵抗はない。問題は実際に行為をしたことがあるわけではない、という事と、同じ空間にヒュトロダエウスもいることである。
「うう……」
 ハーデスが頭を悩ませているうちに、意識を取り戻した男がうめき声をあげた。
「え、エーテルを……」
 かすれた声とあおざめた顔色で魔力補填を求められるが、ハーデスは無視した。命に別状はないので放っておけば回復する。だいぶ具合は悪いだろうが、自業自得であるし、それで大人しくなるならむしろ歓迎だ。ヒュトロダエウスか「いいのかい?」といった目線を向けてきたが、ハーデスは「放っておけ」と同じように視線で返した。
 問題解決における提案その三には、もうひとつはっきりさせなければならない事がある。それは“セックス”の定義である。
 なにをもって“セックス”とするのか。単純明快に考えれば、子供を作る行為といえる。しかしながらこの現場には男しかいない。絶対に満たせない条件の指定で、矛盾による閉鎖空間が創られた可能性もなくはないが、そう結論づけるのはまだ早い。
 次に想定されるのは、肛門を代用しての性行為だ。排出することしか想定されていない器官に異物を挿入するなど、苦痛を生じるようにしか思えない。自分がされるのはもちろん、相手に行うのも避けたい行為だ。ハーデスはこれを最終手段とした。
 セックスが性的な行為と仮定するならば、他の方法がある。例えばオーラルセックス——口腔で相手の性器を愛撫することや、なんなら手でしごきあったりするなど、たがいに性感を得る方法ならいくらでもある。その程度の接触であれば抵抗感もあまりないだろう——この場にヒュトロダエウスがいなければの話ではあるが。
 ハーデスが親友に視線をむけると、彼はすぐに気がついて、わざとらしく小首をかしげた。
「キミってひとは、難儀な性格をしているよねえ」
「見られながらできるかッ!」
「さっさと済ませてくれるんだろう?」
 ぐ、と言葉に詰まるハーデスに、ヒュトロダエウスはにやにやとした笑みを隠さなかった。
「……エーテル……」
 げっそりとやつれた男がハーデスのローブの裾をつかむ。
「わけてあげたらどうだい? 彼がこんな状態じゃするべきこともできない」
 どんなに渋ろうとやらねばならないのは確かだった。曖昧な定義づけのせいでどうにも抜け穴を探してしまうが、セックスという単語からそういう行為を除いて考えるのは難しい。ハーデスはため息をついた。裾をつかむ手に触れて、魔力を流しこもうとする。
「いや、そこは粘膜経由で……」
 ヒュトロダエウスは思わず口を挟んだ。気分を高めるいいきっかけになるというのに、この生真面目な男は、回復して元気になった彼を前にして、これからセックスするなどとでも言うつもりだろうか? しかしハーデスはまったく意味がわからないという顔をしていた。
「キスしながら。できるだろう?」
「……できないことはないが」
(見られているのがいやなのかな。いや、これは……)
 ヒュトロダエウスは察した。
「……そもそもセックスしたことがないんだね」
 セックスレスどころか。
 あけすけな物言いにハーデスは絶句した。憐れみもまじっている。とどめにため息をついてみれば、ハーデスは「だったらなんだ」と、どこか拗ねたように言った。そんなことをしなくても、想いは通じ合っていると言いたげだ。それは確かなのだろうが、ハーデスのことだから、ろくに肉体的スキンシップもとらないのだろう。魂を視る目を持たないあの彼にとって、それはやや酷なことだ。もっとも彼も鈍感なので、自分がそこまで求めているということにも気づいていなさそうだが。しかし、そうしてすれ違い続けた結果がこれだ。
 ヒュトロダエウスは彼らが少し可哀想に思えてきて、いじるのをやめることにした。そしてこの空間の核となるイデアについて理解した。結局のところヒュトロダエウスの最初の仮説どおり、欲求不満による雑念が生じたのだろう。であれば男女の行うようなセックスをすれば、きっと解除されるはずだ。この調子では長くかかりそうだが、他ならぬ大切な友人たちの、最初の営みとなるのだから、大人しく見守ってあげよう。
「……わかったから、見るな」
 無言でじーっとハーデスを見つめていたヒュトロダエウスに、何かしらの意図と圧を感じたのか、ハーデスはよそへ払うように手を振った。
 若葉な友人たちの営みに興味津々なヒュトロダエウスだったが、素直に後ろを向く。もっとも彼の視界は物質的なものに限らなかった。
 ハーデスはぐったりとした恋人の体を抱きおこした。浅い呼吸をくり返す唇を見て、かんがえるな、と自分に言い聞かせた。これは医療行為だ、少なくとも今はまだ。
 互いの仮面を外し、まぶたを閉じて、息をふきこむように唇を重ね合わせる。そのやわらかさが予想以上のもので、一瞬、目的を忘れかけるも、魔力回路をつなぎ、エーテルをそそぎこみはじめる。ぼんやりと口づけを受け入れていた男が、ビクっと身体を跳ねさせた。
「ッ……んッ……‼︎」
 力の抜けた身体が反射的な痙攣をくりかえす。身体の節々を魔力が通りぬけている証拠だ。ハーデスは他人から魔力供給を受けたことがなく、それにともなう刺激も経験したことはなかったが、いわくえも言われぬ感覚らしい。神経を支配されるだとか、電流が走るようなピリリとした刺激だともいう。冥界から力を引き出すぶんには、力がみなぎるばかりで、まったくそのような状態にならないのは、純粋なエーテルとそれ以外の違いによるものだろうか。
 ハーデスが思考をそらしていると、しだいに意識がはっきりしてきたらしい男が、もういいとでも言うように押しのけようと腕に力を入れた。しかし魔力はまだ半分も満ちてはいないので、ハーデスは彼を離さなかった。中途半端なところでやめるのは気が済まないのだ。やるからには最後まできちっとやり遂げるのが、エメトセルクの座に就きし者の性である。
「んっ、んう!」
 男の拳がハーデスの胸板を叩く。
 常ならばエーテルロープで縛りあげでもしないかぎり(それでもままならないことさえある)、抑えこむのが難しい男だが、今はハーデスの腕力から逃れることもできない。まして人体構成エーテルを支配されている状態での抵抗は無意味という他ない。
 男はひときわ激しく痙攣して、力を増してきたその腕をだらんと垂れ下がらせた。
 ハーデスが魔力によって脳からの神経伝達を遮断してやったのだ。その気になれば自由に操ることもできるが、邪魔さえしなければ必要はない。相手の魔力になじむよう、エーテルの構成を組み替えながら注入するのは、集中力を要する作業だ。そうしなければエリクサーを大量に飲んだ時のように酔ってしまう。キスしながら嘔吐されるのはごめんだった。
(キミもなかなかやるねえ)
 様子を透視していたヒュトロダエウスはハーデスを見直した。こういう場合は直接目でみるよりも、もうひとつの視界でみるほうが鮮明だ。
 ハーデスにそうしている自覚はないのだろうが、抵抗する力そのものを奪うのは、気を紛らわす手段も奪うということだ。つまり魔力を流し込まれている彼は今、明瞭な意識でありながら、無防備な状態で全身の神経を犯されているといっても過言ではない。
「んっ……う……う……っ」
 弛緩した口元から唾液がつたう。かろうじて自由のきく舌が、口づけを押し返そうとぬるりと唇を割った。ハーデスはぎょっとして思わず身を離しかけた。見開いた視界では、瞳が至近距離にあって、その下眼瞼に涙液がたまっていることさえよくわかった。ハーデスは戸惑い、唇を離すかどうか迷った。あくまで処置のつもりと言い聞かせていたものの、彼らはまだ一度たりとも口づけを交わしたことがなかったのだ。この涙の意味は、もしかすると、こんな強引に初めてを奪ってしまった故のものなのだろうか。魔力の充填は完璧とはいえないが、そろそろ充分な頃合いである。
 ——と、ハーデスは思いあぐねていたが、口づけを受けている男は、そんな殊勝な心は持ち合わせていなかった。涙が浮かんでいるのは魔力をそそがれる刺激による生理現象であり、これ以上はもう勘弁してほしいと、ただそれだけである。全身がむずむずして耐えがたいほどなのに、離れることはおろか、身をくねらせることもできない。とくに尾骶骨の奥を衝くような、おさまりの悪い感覚に苛まれるのが一番つらかった。なぜか性器はビンビンに張りつめていて、このままでは、このままでは——。
 びく、びく、と跳ねる性器はゆったりとしたローブに遮られて、残念ながらハーデスにその事実を伝えることはできなかった。エーテルを供給される感覚に慣れるにつれて、むずがゆさがだんだんと性的快感の様相を増してきている。あたたかなものが下腹部を中心にじんじんと広がり、やがてもっと強い刺激を欲するようになる。
「……っ!」
 唇を割った舌に、ぬるりと歯列をなぞられる。
 いまだかつて経験したことのない感覚に、ハーデスの背筋をぞくっとしたものが駆け抜けた。硬直する彼をよそに、舌は閉ざされた噛み合わせをこじ開けようとうねっていた。下唇を吸われる段になってようやく、それがもはや治療の範疇を超えていて、その先を請われていることに気がついた。
 ハーデスは彼を迎えいれた。濡れた舌先が触れあったとき、痺れるような快感が走った。それは男も同じだったようで、おびえるように舌がもとの場所へ引っ込んだ。ハーデスの舌がそれを追って、今度は相手の咥内に侵入を遂げた。
「ん……ぁ……」
 くちゅ、と湿った音がした。絡めとった舌がぬるりと逃げていく。もっと深みをもとめて後頭部をいだく手に力をこめる。ふうふうと荒い鼻息が熱い。だがハーデス自身も同じようなものだった。
 ——気持ちいい。男の頭に浮かぶのはそんなシンプルな情欲ばかりだった。魔力供給はまだ続いている。ほとんど空っぽだった身体がハーデスの魔力に満たされている。食われるような深さで口づけられ、長い舌で隠れた舌頭をつつかれると、それがまた舌先同士のキスのようだった。男はおそるおそる引っ込めていた舌を、首を差し出すような気持ちで伸ばした。だが、ハーデスはそれをさながらエスコートするように自らの咥内へ招き入れ、そして、甘く吸い上げた。
「っ……んっ……! んんっ……!」
 舌根がぴんと張った。媚声が鼻を抜ける。
 彼が絶頂に至っていることに、ハーデスは気づかなかった。
 強制的に弛緩させられた筋は、射精に必要な体機能さえ抑止していた。精液はゆるゆると精管を通り、尿道口から漏れるようにしたたり落ちる。甘くイき続けるように、まったりと長い射精感が続く。
「ふ……っ、ん……く……っ」
 その痙攣をただキスに感じ入っているのだと思い込んでいるハーデスは、後頭部をわしづかむ指に力をこめ、舌を吸いあげる力を強めた。それと連動するように男の子種もどろりと垂れた。舌の根が引っ張られて痛みを訴えたが、それさえ絶頂の最中では快楽の一部となった。
「……ぅ、ぁ」
 ぴたりと重ね合わされていた唇が、ようやく離れるときがきた。必要魔力を寸分の狂いもなく埋めたハーデスは、いたく満足げな表情で、最後まで舌を吸いながら顔を離す。好き勝手に嬲られていたそれが余韻たっぷりに解放されたときには、ジンジンと痺れているほどだった。魔力支配を解かれた身体が身震いして、わずかに残っていた精液をぴゅっと吐き出した。とろけた瞳がぼうっとハーデスを見つめていた。
「いやあ、すごかったね。とても初めてとは思えない」
 唐突に声をかけられて、ハーデスはふたたび驚愕した。背を向けていたはずのヒュトロダエウスはいつの間にかふたりの方を向いていた。彼の存在をすっかり忘れていたハーデスは、苦虫を噛み潰したような顔をした。昂ぶった興奮もたちまち萎えていく現実だ。
「いつから視ていた」
「そんなには。キミが彼をイかせたあたりからかな?」
 ハーデスは怪訝な表情をした。そして未だ彼の腕の中に身を預ける男に目をやった。とろけた瞳は焦点があっておらず、視線は交わらなかった。そっと下の方へ手をしのばせると、ローブが湿っていた。
 ずん、と腰のあたりが重くなる気配がした。今まさに血液が集中している。萎えかけた興奮が一気に戻ってくるようだった。
 ハーデスはヒュトロダエウスと自分たちの間に、無言で衝立を創造した。壁をつくらなかったのは、彼の目を遮る手段にはならなかったからだ。要は気分的な問題である。それにわざわざ魔力遮断や防音にこだわるよりも、真っ先に優先したいことがあったのだ。
「はあ、……ハーデス……」
 衝立の向こうから聞こえる声や衣擦れの音は、耳をすませなくてもよく届いた。それにしても大丈夫だろうか、とヒュトロダエウスは懸念点を思い浮かべた。肛門をつかってセックスするのには、それなりの準備が必要なのだが。
 向かい側では、火のついた欲望に突き動かされるまま、性急に事を運ぼうとするハーデスがあった。抱いていた男を横たえ、己の首元に指を引っ掛けるようにして、ローブをするするとエーテルへ還していく。その時間さえも惜しいように、半ば剥ぎとりながら裸体をさらけ出した。余韻から立ち直った男が、肘をついて上体をおこしながら、そのさまに恍惚のまなざしを送った。そして彼は自分のローブを魔法分解することはせず、豪快にまくりあげて脱いだ。
 彼らは恋人同士でありながら、互いの生まれたままの姿をじっくり見たこともなかった。必要だと思ったことも。彼らはただ時間を共有することや、他愛のない弁論で知識を高め合うことや、創造物を共同で創ったりすることに、精神的充足を感じていた。しかし今は、そのときを待ちわびていたかのように、肉体が充足をもとめていた。
 セックスの定義、その最終手段。かすかな理性が目的を呼び起こす。ハーデスにとって意図したことではないが、少なくとも、口づけと魔力供給によって生じた悦楽と絶頂では、この魔法空間が解除されることはなかった。あるいは互いに快楽を得なければ、それは営みとは呼べないのかもしれない。だが今の彼らにそんな事はどうでもよかった。市民として恥ずべきことかもしれないが、本能に身をゆだねることに抗えなかった。
「……待て、なにを、」
「僕がしたいんだ」
 なにかを制止する声と、もつれて倒れこむような音と、はあ……と深い嘆息がつづいて聞こえた。
 ヒュトロダエウスは衝立の向こう側を、あえて覗き視ようとはしなかった。聞こえてくる音だけでなにをやっているか筒抜けだからだ。じゅぷ、じゅぷ、と湿った音は、どう考えてもハーデスのものを彼がしゃぶっている音だし、はじめて他人から施される快感に、息が深くなっていることさえよくわかる。
「ん……気持ちいいかい?」
 ハーデスはうなずくことしかできなかった。知識としてその行為の存在を理解していても、実際に経験するのとではわけが違った。しかし知識という点では、相手のほうが上手であったらしい。どこで覚えたのか、裏筋を食むようにキスされて、血液がそこに一気に集中した。すん、と匂いを嗅がれて、やめろと言いたくなるも、次の瞬間に亀頭をくわえこまれるとともに、言葉は嘆息へと変わる。全体を濡らすように舌が舐めまわしてから一度離れ、ひやっとした空気にさらされたところに、唾液をまとった唇が降りてくる。咥内はあたたかく、ぬるぬると唇で扱かれるだけで、腰が抜けそうになるほどの快感が突き抜けた。ゆるやかに上下する頭に手を添えると、真剣なまなざしがちらりとハーデスを見上げた。
「んっ……は」
 彼にとっても行為は初めてだ。同性であるので良いところはだいたいわかるものの、やはり個人差はあるらしい。ハーデスの反応をみながら——気持ちがいいと、眉根を寄せるのでわかりやすかった——満遍なく舌を動かす。ものを吸い上げながら口を離すと、ハーデスが詰めていた息を吐き出した。だが男はふたたび頭を下げた。
「そ……こまでするな」
 陰嚢に舌を這わされ、ハーデスの腰が引けた。口に含んだまま滑舌わるく「なぜ」と問いかけられた、くすぐったさから頭を引き剥がす。答えるとするならば、つぎからつぎへと未知の経験を叩きつけられることに、頭がついていかない為といえるが、認めるのは癪だった。
 しゃぶっているうちに、男自身の性器もゆるやかに硬度を取り戻しつつある。ハーデスは彼を真似た。
「っ……!」
 まだ達したばかりの過敏さがぬけきっていない亀頭を、ハーデスの舌腹がねぶる。付着していた白濁液の、特有の青臭さが鼻を抜けたが、かまわず飲みこんだ。尿道に残っているぶんも含めて吸い上げる。先端を掬うように舌先で責めると、ん、ん、と声が上がる。窪みにねじこんで奥をかいてやれば、足がぴんと伸びてその良さをハーデスに伝えた。
「お取り込み中のところ失礼するけれど、その後どうするかは知ってるかい?」
 ひとりとふたりを隔てる仕切りの奥から、ヒュトロダエウスが声をかける。初体験を存分に味わうのもいいが、ここから出るという大事な目的は彼らにかかっているのだ。そして万が一、セックスしても出られなかった場合のことを考えなくてはならない。
「……尻の穴にいれるんだろう?」
「そうだけれど。ほら、綺麗にしたり、濡らしたり、ほぐしたりするのを忘れないようにね」
 他にも色々と教えておきたいことはあったが、ひとまずこれだけ伝えれば悲劇は避けられるだろう。
 ハーデスは言われなくとも、と思ったが、具体的な方法については何も考えていなかった。
 綺麗にする、濡らす、ほぐす——思案した結果、ハーデスは彼の後孔をまず指でなぞった。こそばゆさに身をよじった彼の分身を吸いなだめて、垂れ落ちた蜜を潤滑油がわりに、皺をかきわけぐにゅりと指先を挿入する。当然のことながら、括約筋による抵抗はきつく、こんなところに性器を挿入するなど、正気の沙汰ではないと甚だ思いつつ、ゆっくりと奥へ押しこんでいく。
「力を抜くんだよ。頑張って」
 親友に横槍を入れられるのは、心情的になかなか厄介だったが、ヒュトロダエウスの言葉を素直にきいた彼は、すうはあと深呼吸をして、緊張した筋をゆるめた。
 本来は出口であるところを逆行しているとはいえ、人差し指だけだというのに、その圧迫感は尋常ではなかった。それでもハーデスの一部が入ってきているのだと思うと、不思議な充足感があった。中を探る彼が「苦しいか」と心配そうに顔を覗きこむ。男は笑みを浮かべて、彼の首に腕をまわした。「早くほしい」と言うと、喉仏が上下するのがはっきりと見えた。
「中を洗浄する。きつかったら言え」
 半ばまで埋め込んだ指先から、あたたかいものがそそぎこまれ、直腸を満たしていく。創造魔法で生み出された粘性の液体は、不要物だけを飲みこみ、分解する概念を刻まれている。それは意思を持つようにひとりでに中をめぐった。腹のなかを探られる違和感に男は眉をひそめたが、それほど苦痛というわけでもなかった。ハーデスは彼の様子をじっと見つめながら、とろとろと粘液があふれだす後孔に、もう一本の指を飲みこませた。
「っ……はあ……はあ……」
 男の息が上がった。孔の縁が引きつっていた。この調子では受け入れるのにどのくらいかかることか。それでもゆっくりと抜き差しされると、えもいわれぬ緩やかな快感があった。
「ハーデス。さっきしたように強制的に弛緩させれば彼はもっと楽になるよ」
 やはり防音性能を軽視するべきではなかったか、とハーデスは後悔した。
「……そもそも、どうしてお前はそんな知識を持っている?」
「さあ、どうしてだろうね。フフ」
 まさか創造物管理局にはそのようなイデアまで持ち込まれているというのか。ハーデスはあえて引き出そうと思ったことがないためわからなかったが、もしかすると行為に使うイデアは大量に存在しているのかもしれない。
 ヒュトロダエウスの性知識の源泉についてはさておき、少なくとも苦しみを和らげることができるのであれば、そうしない理由はない。
「え、あれは、やめ……っ」
 制止は無意味だった。
 挿入されたハーデスの指先から電気信号が走り、魔力回路を伝って、脳へ指令が下される。
「あ、あああ……っ」
 四肢がくったりと伸びた。中に注ぎ込まれた創造性液物がとぷとぷと溢れていく。もし勃起していなければ尿も垂れ流しになっていたかもしれないが、幸いにして内尿道は塞がれたままであった。
 その効果にハーデスは舌を巻いた。ゆるみきった括約筋は指を三本も四本も簡単に飲みこんだ。漏れでてしまった粘液を補充しながら、己の性器にもそれを塗りつける。指を引き抜いてすぐに蓋をするよう亀頭を押しつける。ぬち、と音がした。
「……いいか?」
 いいもなにもない、と男は閉口した。抵抗する力を奪われたこの状態で、受け入れる以外の選択肢があるだろうか——。
 欲しくないというわけではない。もし脚が動くならば、彼の腰にからみつけて、挿入をうながしていただろう。ただ珍しくも切羽詰まったような表情をする想い人に、意地悪な感情が身を擡げただけだ。押しつけられたままの陰茎は、待ちきれないようにひくひくと脈打ち、ぬるついた神経体をくすぐっている。恋人が覚悟を決めるのを律儀に待ちながら、ふうふうと息を吐くハーデスの様子を、たっぷり堪能してから男はうなずいた。一、二度、欲情した瞳が瞬いてから伏せられ、それとともに衝撃がおとずれた。
「っあ……ん……」
 指とは質量も熱も桁違いなものが直腸をかきわける。感覚はあるが身体が反応しないことが歯痒く思えた。これだけ感じているのだということを、彼のものをきゅうきゅうと締めつけてわからせてやりたかったのだ。だがハーデスの普段以上に深く刻まれた眉間をみて、ひねくれた心情は一瞬で解けていった。
「っ……はあ……」
 収縮がないといえども、その中で得られる快感は確かだった。ハーデスは亀頭まで挿入した状態で、雁首を引っかけるように浅いところで腰を動かした。さすがにものを咥えこむとなると、弛緩していても拡張されているわけではない括約筋は、心地よく裏筋を締めつけている。
「ん…………は、大丈夫か?」
 夢中になりかけたハーデスがはっとして、彼の身体を気遣いもしなかった自分に恥じ入りながら声をかける。
「痛くはないよ。少し、気持ちいい……」
 男は微笑みを返した。そして、もっと奥にきてほしいとも告げた。すると体内を満たす熱がぐんと大きくなるのを感じた。腰をいだく手が皮膚に食い込む。
「っあ……ああ……っ!」
 ゆったりとした抜き差しを繰り返しながら、ぐぷぐぷと音を立てて、少しずつ直腸を過ぎていく。やがてぴたりと動きがやんで、はああ、と深いため息をつきハーデスが男の首元に顔をうずめた。
「ハーデス……魔法、解いてくれないかい?」
 これでは君を抱きしめることもできない。と、男は嘆願した。首から下の自由がきかないというのは、なかなか難儀なものだ。
「解いてあげていいんじゃないかな」
 自らの存在を誇示することに余念がないヒュトロダエウスが口を挟んだ。
「……たのむから、しばらく静かにしてくれ」
「フフ、わかったよ。ごゆっくり」
 ハーデスは透視されたり聞かれたりすることについてはもう諦めた。だが行為中に親友の割り込みがはいることに関しては、下手をすると萎えかねないので問題だ。
 ともかく、と、彼の脳を支配していた術式を解き放つ。
「っ……アッ……⁉︎」
 ビクン、と全身が跳ねる。
 末端神経まで回路がつながると同時に、括約筋がきゅうとハーデスを締めつけた。力が入っていなかったときに比べて、中の形がはっきりと伝わり、たまらず覆いかぶさる背中をかきいだき、彼の腰に脚をからめた。
 そして感極まったようにその耳元へささやく。
「ハーデス、……す、きだ……」
 欲望をいましめる枷が外れた。
 ハーデスは上体を起こし、気だるげに乱れた髪をかきあげると、彼の腰をしっかりと抱えこんだ。
「は、っ……あっあっあっ!」
 抑圧されたすべてを叩きこむようなピストンに激しく穿たれる。頭上で揺れるハーデスの頭髪から雫が滴った。内臓を突かれて必然的にもれ出る声が、向こう側にいるヒュトロダエウスに筒抜けだということを思い出し、男はあわてて口を押さえた。
「んっんっんっんっ……」
 ハーデスはあえてそれを咎めることはしなかった。頬を紅潮させながら必死で耐えるすがたを見るのもまた情欲をそそるものだったからだ。
 衝立の向こう側で、ヒュトロダエウスがううんと首をひねった。
(静かにヤってるほうが、聞いてる側としては生々しく感じるけれどなあ……)
 嬌声が控えめになったことで、結合部がぐちゅぐちゅと泡立つ音も、ぱんぱんと腰の打ち付けられる音もよく聞こえた。それに抑えていても少なからず声は漏れる。
「んっんっ、んうっ!」
 ある箇所を突かれたとき、彼の反応は明らかに変化した。当然それは見逃されず、ハーデスはそこを狙いうつように亀頭でえぐった。たまらず押さえていた手を離し、彼の腕にすがりつく。
「あー、あっ、あ、そ、そこ、なんかっ」
 おかしい、やめてくれ、続きの言葉はあえぎ鳴く声に変わった。むずむずとした感覚が、突かれるたびに明確な快感へと近づいていくようだった。それはどことなく覚えのある感覚で、しかし思い出すことができなかった。
 ハーデスも腰を揺さぶっているうちに、快感の高まりが近づいてきていた。ふやけた脳がぼんやりと、どこに出せばいいのか、と思案した。魔法を使えばあとから洗浄するのは容易だとしても、だからといって中に出すのはどうなのか。しかし条件定義にそうすることが含まれていないとは言い切れない。であれば、まずは合意を得るところからだ。
 したたかに打ちつけていた抽送をゆるめて、短かな呼吸を繰りかえす彼にふたたび覆いかぶさる。耳元まで口を近づけると、整えられていない息を感じたのか、仰け反る喉から、ん、と小さな声が漏れた。
「中に出すが、……いいな?」
 きゅっと、ふかくまで埋まった根元が締めつけられた。ある意味では言葉よりも雄弁だった。彼はわざわざ確認された意図をぐるぐる考えていたようだったが、待てないように腰を揺さぶられて、またしてもうなずきを返す選択肢しか残されなかった。合意というよりむしろ強制であったが、そうとは露ほども思っていないハーデスは、彼の首筋に、ちゅっとリップ音をたててから離れ、腰をがっちりと固定した。
「ひっ、……あっ、あっあ!」
 ……どうしたってふたりのやりとりが聞こえてしまうヒュトロダエウスは思わず顔を覆っていた。
(無自覚っておそろしいなあ……)
 こみあげる射精感を追うように律動をくり返すハーデスは、突くと反応が変化する場所を執拗に、ぬちゅぬちゅと亀頭でえぐっていた。その場所はまさしく前立腺であり、教えてあげたほうがいいかな? とヒュトロダエウスが思案していたこところだった。しかし教えるまでもなく彼は自力でそれを探し当て、なかば本能的にそこを刺激し続けている。きっと突くたびに肉筒がきゅんきゅんと収縮して気持ちいいから、というのもあるだろう。
 性器の裏側のあたりをそうしてごりごり擦られている彼は、むずがゆいような感覚がやがて絶頂の直前にも似た、ぞくぞくしてやまない気配だということに気がついた。そしてそれが、先ほど魔力供給で得た快楽に、酷似しているということも。
「うっ、あっ、あっ、はーです……っ、!」
 目の前がちかちかと明滅するようであった。男は無意識に下腹部をなでてやわく押した。その瞬間、ごりっ、とひときわ激烈な衝撃が走る。
「っか、……はっ……っ……ッッ!」
 ほとんど声もでなかった。単なる射精とは比べものにならないエクスタシーに、口をぱくぱくさせる。それは波の引かない悦楽だった。イキ続けているのだ。終わりが見えない感覚におそろしくなり、絶頂からおりたい一心で自らの性器に手を伸ばした。
「っ……ひ……っ……っ……いっ……」
 ぬるりとひと擦りした時点で、あまりの気持ちよさに、手指が痙攣してままならなくなる。
 その様子を腰を振りながら見下ろしていたハーデスは、射精という明確な絶頂の証がないことと、ドライオーガズムという概念の知識がなかったことが災いして、彼がイったままおりてこられないことに気づかないという有様だった。彼の不可解な動きを、後ろだけでは足りないからシゴいてほしいのか、などと勝手に解釈すると、蜜を垂れ流しながら揺れる彼の性器をかわりに握りこんでやった。
「っひィ……っ!」
 男は身をひねりどうにか逃れようとした。ぐるんと寝返りをうった拍子に逸物が引き抜けたが、うつ伏せになってもハーデスの手はそこをとらえたままだった。「大人しくしろ」とできるわけもないことを言いながら、腰を引き寄せられ、ぬるりと逸物が挿入される。ようやく絶頂感からおりかけたところに、ふたたび波が打ち寄せる。
「っ……は……う、……あっ……っ!」
 角度が変わったことで刺激もあらたになり、全身がびくついた。にぎりこまれた性器はぬちゃぬちゃと粘着質な音をたてながらしごかれた。
 伏せった姿勢はハーデスにとっても動きやすく、ほとんど腰を密着させながら、硬直した怒張で奥を小刻みに突いた。睾丸がきゅうと持ちあがり、精管をとおって子種がためこまれていく。直腸の奥に何度も口づけ、先走りの蜜をこすりつけながら、ハーデスは絶頂の予感にうめいた。
 かち、と何かの歯車がはまるような音がした。
「っ……ん、っ……く……っ」
 びゅる、びゅる、と吐き出す快感に、ハーデスの下肢が震えた。欲望にうながされるまま最後の一滴まで奥深くにそそぎこむ。
 すべてを絞り出してからもしばらく余韻で動くことができなかった。彼の腹の奥でひくひく脈動するそれがやわらかくなってやっとずるりと引き抜く。空洞ができた後孔からは透明な粘液だけが垂れて、奥深くにそそがれた精液は体内におさまったままだった。
「っ、ぁ…………ぁ……」
 解放された彼は、腰を半端に浮かせた状態で断続的にびくんと震えていた。ハーデスにしごかれたそれは真っ赤に充血して、ほとんど透明な液体をとろとろと垂れ流しにしていた。
「お、おい、大丈夫か」
 恋人の尋常ならざる痴態についに気がついたらしい。ハーデスはあわてたように彼を抱き起こしたが、焦点のあっていない目がふらふらと彷徨っただけだった。
「……ハーデス、それわざとかい?」
 間仕切りをエーテルに溶かして、ヒュトロダエウスがひょっこりと顔をのぞかせた。振り向いたハーデスの表情が思ったよりも深刻で、裸体を隠す気もなかったので、彼らに申し訳ないと思いつつ笑いがこみあげる。
「フ……フフ……彼は気持ちよすぎて失神しただけだよ。心配はいらない。いや……初めてなのに、こんな経験をして大丈夫だとは言いきれないかな。普通のセックスじゃ満足できなくなるかも」
 フフ、フフフフ、と身体を折り曲げてヒュトロダエウスは笑った。ハーデスにも一応、思い当たる節はあったのか、なんとも言えないような顔をした。
「しっかりしろ」と汗に濡れた髪を撫でながら声をかけると、徐々に朦朧としていた意識が戻ってきたらしく「はーです……」とぼんやりした声が返ってきた。
 ハーデスはほっと息を吐いた。次の言葉を聞くまでは。
「……もっと……しよう……」
 これにはハーデスのみならず、ヒュトロダエウスも絶句した。
 なるほどセックスがしたいという雑念だけで、彼らをも閉じ込める絶対的閉鎖空間を創るだけのことはある。逆に感心するほどだった。ある意味、これは調べる価値がある。ラハブレア院あたりの研究者がこの創造物の存在を知ったなら、きっと喜んで創造と雑念の融合についての研究をはじめるだろう。そして創造物管理局に素晴らしいイデアが持ち込まれるに違いない。もっとも、ハーデスは絶対に許さないだろうが。ヒュトロダエウスは残念に思った。
「それじゃあ……ワタシが適当にごまかしておくから、キミは彼が満足するまでしているといいよ。うん。がんばってね」
 無事にセックスも終えて条件をクリアし、創造空間もただの箱と化している。ヒュトロダエウスはさわやかな笑みを浮かべながら転移術を発動した。
 絶望の表情をみせるハーデスを置き去りにして。


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