Bearer of the Torch

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 創造物管理局に顔を見せた友人に、局長であるヒュトロダエウスは「やあやあ」と手を上げた。
「今日はどんなイデアをご所望なのかな」
 本来ただのイデアの貸出であれば、局員が対応するもので、ヒュトロダエウスがわざわざ出張ることはない。しかしながらこと目の前の赤仮面の男——アゼムがおとずれたときには、すぐに自分を呼ぶように伝えているのだ。何せ彼が借りようとするイデアは、往々にして扱いが特殊なイデアであるからだ。そうでなくとも彼にかかれば、無害なイデアであってもとんでもない使い方を考案してしまうので、ともかく何を、何のために、どのように用いるのか、問いただしておかなければならない。少なくとも、イデアを管理する局長の立場としては。もっともヒュトロダエウスは、アゼムであれば間違ったことにはならないだろうと確信していたので、どちらかといえば、彼の突拍子もない行動をいち早く知れることを、愉しみにしていたのかもしれない。
「火精イフリータを」
 ヒュトロダエウスは、しばし目を丸くしたあと、「これはまた、とんでもないものを借りにきたものだね」と大げさに肩をすくめてみせた。
「なるほど。キミのやりたいことはなんとなくわかったよ」
 火山の件については、すでに市民の噂の的になっているところだ。十四人委員会ではないが、すでにヒュトロダエウスの耳にも入っている。
 大噴火は自然現象だ。力で無理やり止めること自体は、難しくはないけれども、自然の法則はなにかひとつを歪めるだけでも、他の現象にも大きな影響を及ぼしかねない。おおいなる力の流れは、下手に手を出してはならないというのが、十四人委員会のいつもの結論だ。
 けれどもアゼムはおそらく、それを看過できないのだろう。もしも自然に影響のない範囲で問題を解決できるのならば、それに越したことはないと思っている。誰だって根づいた土地を失うのは、さびしいものだ。
「さすがヒュトロダエウス、話が早い」
 アゼムは赤仮面の奥のまなざしを、きらきらとさせながら言った。
「まだ貸してあげるとは言ってないんだけどなあ」
 ヒュトロダエウスがくすくすと笑うと、彼は「え……」と目に見えて勢いを失ったので、ヒュトロダエウスはますますおかしくなりながら「冗談だよ」と、人差し指をかざして、無数にあるイデアのうちのひとつを彼の手の内に渡した。
「エメトセルクにバレないうちに、行っておいで」
「ありがとう、ヒュトロダエウス!」
 せわしなく駆け出そうとするアゼムを、ヒュトロダエウスが「ああ、そうだ」と引き留めた。
「イフリータを討滅する場所は、最近寒波がきびしくなってきた、あの土地がいいんじゃないかな」
「僕もそう思っていたんだ。皆にもそう伝えておいてほしい」
 ヒュトロダエウスは、今度こそと新たなる冒険に旅立つアゼムに手を振りながら、まもなく彼の行き先をたずねてくるであろう、もうひとりの苦労性の友人を想って微笑んだ。


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