ΑΙΔΗΣ

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 今までに視たこともない魂の色とすれ違った。
 思わずふりかえる。行き交う色とりどりのきらめきの中から見つけるよりも先に、ハーデスとまったく同じ動作をした者と視線が交差した。
「やあ、キミも“視える”のかい」
 ほがらかな微笑みをうかべた男が気さくに話しかけてきて、ハーデスはやや面食らったように数秒の沈黙の後、「お前もなのか」と返した。
「ワタシはヒュトロダエウス。キミは……」
 迷いなく差し出された手に気圧される。しかし拒絶する理由もなく、ハーデスだ、と名乗りながら己の手をかさねた。

「それじゃあ、キミがうわさの冥界の愛子というわけだね」
 ハーデスは否定も肯定もしなかった。かれはそれほど饒舌なたちではなかった。たいしてこのヒュトロダエウスという男は、同じ“眼”を持ちながら、ハーデスとは対照的に多弁だった。話し相手がほとんど口を結んだまま、ときおりぶっきらぼうに「ああ」とか「いや」など、みじかい言葉しか返さないことも気にせず、堰を切ったように喋りつづけている。
 その勢いに最初こそ戸惑いを覚えたものの、嫌悪感を抱いているわけではなかった。この男は、ハーデスとはちがって、言葉を尽くすのに特別な理由を必要としないだけなのだ。
「冥界から力を引き出すときは、その姿のありようが変わるって本当なのかい」
 ヒュトロダエウスの好奇心に満ちた問いかけに、ハーデスはまた「ああ」とだけ返した。
「へえ……どんなエーテルの流れをしているのかな。今度、キミがよければ視せておくれよ」
「……機会があればな」
「楽しみだなあ」
 ハーデスとしては、見せると約束をしたわけではないのだが、ヒュトロダエウスはすっかりその気で笑みを深めていた。そして、そのような屈託のない期待をよせられると、見せてやらないことに、小さな罪悪感がうまれた。根が真面目なハーデスの気性を、早くも見透しているのかしていないのか、つかみどころのなさに若干の居心地悪さを覚える。
 ハーデスは話題をそらすことにした。
「……あの魂の持ち主は」
 幾多のかがやきに満たされた街のなかで、特定の色を見つけるのは少々骨が折れる。アーモロートは広いのだ。
「なんとも不思議な色をしていたね。ワタシもあんな魂ははじめて視たよ」
 エーテル視に長けているといえど、常日頃からその能力を使っているわけではない。だが気配のようなものがあった。たとえるなら、光が首筋にさしこむようなやわらかな感触だ。ほとんど反射的に魂を視れば、一度みれば忘れ得ぬかがやきが目に焼きついた。
 仮にエーテルを視る力を有していなくとも、その魂は、ひとびとを惹きつける引力をもっているのだろう。
「気になるなら、ワタシも探してみようか」
「……いや、いい」
 それこそ機会があれば、また巡り会えるだろう。


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