チョコしゃぶらせてみた

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 管理局の仕事を終えたヒュトロダエウスは、いつも通りに自室ではない扉を開けた。友人であるハーデスの住まいだが、主人はまだ帰っていないようだ。かわりにもうひとり、勝手知ったる様子で居座っている彼がいた。
「おかえり」彼はベッドに横たわっていた上半身を起こして、すんすんと空気を吸い、不思議そうな顔をした。おそらく身にまとう香りが変わっていることに気がついたのだろう。
「ただいま」ベッドに腰かける。花の蜜に誘引される蜂のように、彼が寄ってくる。
「やっぱり、香りを変えたのかい」
「ハルマルト院からあたらしい香のイデアが持ち込まれてね」
 ヒュトロダエウスは持ち出してきた小瓶を見せた。中には種のような褐色のつぶが詰まっている。
「これを食べると、体から甘いにおいがするようになる」
「体臭そのものが変わるのかい、それは画期的だ」
「嗅ぎ比べてみるかい」
 彼はごくりと唾をのんだ。そしてわずかな逡巡のあとうなずいた。
 ヒュトロダエウスは彼を抱き寄せると、鼻を袖口でふさいだ。突然の行動に彼は「んう」とうめいてちょっとした抵抗をみせたが、ひと呼吸するたびに体の力が抜けていった。
 浅い呼吸がふかくなり、すっかり弛緩した頃に、彼を解放してやる。
「さあ、今度はこっちにおいで」
 向かい合わせになって、首筋を指し示す。彼はふらふらとヒュトロダエウスの身に倒れ込んで、うなじに鼻を押しつけた。濃密な甘いにおいに味を錯覚したのか、唇が肌を食む。
「そんなに気に入ったのかい」
 ヒュトロダエウスは小瓶を開けて、香りの種子をひとつ取り出した。
「口を開けて」彼は従順に唇をひらいた。その中に落としたりはせずに、指先でつまんだまま舌に押しつける。彼はぼうっとしたようにヒュトロダエウスの指ごと種をしゃぶった。完全にとけきるまで。


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