swallow

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 まっくらやみの世界で、所在なげにすわりこむ。魔法によって閉ざされた視界は、いくら瞬きをしても光がさしこむことはない。素足にふれる滑らかでやわらかな感触は、そこがシーツの上であることだけを彼におしえた。
 とはいえ彼は合意で魔法をかけられたのであり、見えざる世界へのおそれは無きにひとしかった。視覚がうしなわれると、ほとんど四肢を拘束されたようなものだなあ、と、のんきにかまえているほどだ。
 ふう——と、耳にあつい吐息をふきかけられて、彼はびくりと身をふるわせた。これはヒュトロダエウスだとすぐにわかった。視界をおおわれて、敏感になった聴覚が、わずかな息づかいや布ずれも聞きとる。はあ……と艶っぽい溜息。規則的になにかを擦る音。それが二人分。

 ——キミは、ワタシたちのを本当においしそうに飲むね。
 喉奥にそそがれる白濁液をんくんくとのみこんでいると、ヒュトロダエウスがやさしく彼の頭をなでながらうっとりと言ったのだ。けれど実際には舌の上にだされる機会は少ない。根元まで咥えるようにしてうけとめた子種は、ほとんど味わうまもなく胃にながれこむからだ。
 そう彼が述べると、ヒュトロダエウスは「それもそうだね」とかんがえるように首をかしげた。そして思いついたように笑みをふかめて——こういった表情をしたあとに続く言葉は、ハーデスいわく、ろくなことじゃない——こう言った。
「ハーデスとワタシの“味”のちがいを、キミは当てられるのかな」
 くだらん、と一蹴しようとしたハーデスを引き留めたのは、他ならぬかれの恋人だった。直接的に飲みたいなど口にしたわけではないにしろ、彼の表情はあきらかに、“味”を想像してぼうっと惚けていたし、エーテル波形は欲情のそれだ。ハーデスは閉口したが、なんだかんだと言って彼には甘い。君のを味わってみたいなんてまなざしを向けられて、無視できるほど性に淡白でもなかった。

 かくして彼は視覚をおおわれて、ふたりからの施しを待っているというわけだった。
 いつものように口内にふくんだり、舐めたりすれば、そのかたちから判別がついてしまうので、彼はふたりの自慰の音をききながら、だまっていることしかできない。それはそれでお預けをされているようで、どきどきと胸が高鳴った。
「……フフ、キミのもすこし大きくなっているね。なにもしていないのに」
 くすぶる熱を指摘されて、彼は膝頭をもじっと擦りあわせた。ローブは脱がされていて、たかぶりを隠すものはなにもない。
「キミもしてみせてほしいな。
 そのほうがワタシも……彼も、興奮するからね」
 話しているのはヒュトロダエウスだけだったが、彼はハーデスからの突き刺さるような視線を感じた。いつのまにか口内にたまっていた唾液を嚥下して、指をそっと下肢に這わせる。付け根に触れると性器がひくっと脈打った。
 自分でなぐさめるのはあまりにも久しぶりで、緊張もあいまって、今までどうやっていたのかわからなくなった。まず思い出したのは、ヒュトロダエウスの長い指が、繊細に神経をなぞるうごきだった。彼はそれを真似るように、触れるか触れないかのところに指先を置き、つう——と先端までなぞらせた。どくどくと血液が集まっていくのを感じる。ほんのわずかな動きも観察されているのだとおもうと、頭がくらくらしてどうにかなってしまいそうだった。
 焦らすように先端を指腹でくるくるなでると、あふれた蜜が塗り広げられて、ひくっ、ひくっ、と何度も性器がふるえた。どうしよう、気持ちいい、と彼はだんだん夢中になって、亀頭全体に蜜をまぶし終えると、指で輪をつくってくびれのところをしごきはじめた。
「はっ……んっ……」
腰が揺れてしまう。けれど見られていると思うと、あまり大胆な動きをする気になれず、もどかしさが募った。もっと射精をうながすような刺激がほしい。次に思い出したのは、ハーデスのやや粗雑な手つきだった。それもヒュトロダエウスに比べればの話で、けっして乱暴というわけではなく、欲しいとおもう快楽を焦らさずに与えてくれるのだ。
 手のひらで幹をややきつくにぎって、包皮ごと長いストロークで上下にこする。爪先がまるまってシーツをまきこんだ。先走りがつぎつぎに垂れて、扱きたてるたびにちゅくちゅくと淫猥に糸をひく。耳にきこえるふたりの吐息や性器をしごく音もますます激しくなる。粘着質な音は、彼の手からひびくものばかりではなかった。
「っ……ぁ……」
 ハーデスの手の動きを想像していると、性器にしびれるように気持ちよさがこみあげてとっさに手を止めてやり過ごす。びく、びく、と痙攣するからだは、射精をこらえている様子だということは丸わかりだろう。のみこむのを忘れた唾液が口の端から垂れる。イキたい、出したい。解放への欲求で頭がいっぱいになる。
 ぎし、と膝のあたりのシーツがしずんだ。どちらかの気配が近づき、熱気が鼻先に寄ってきて、そのときが近いのだと理解した彼は、口を大きくあけて舌をつきだした。
 びしゃっ! と、舌の奥にいきおいよく飛沫が当たった。びゅっ、びゅっ、とねばついた子種が何度かにわけて噴出される。ほとんど反射的に彼は身を乗り出して、のこりを掬いとろうと舌を伸ばしたが、額を手で押されて、上をむかされる。ぼた、ぼた、と最後の一滴までしぼった子種を滴らせて、手は離れていった。
 鼻に抜けるツンとした雄臭はけっして良い香りとはいえず、彼は嘔吐しそうになったが、口を手でおさえてなんとか堪えた。もごもごと咀嚼する。量や濃さで判断することはどうにもむずかしかった。基本的にはヒュトロダエウスのほうが多い、と彼は感じていたが、何せ先ほど一度そそぎこまれているのだ。対してハーデスはまだ一度も出していない。
 味わいはというと、苦味というか、わずかな塩っぽさや、生臭さがいりまじった、生理的にどうにも受け付けがたいものという感想しか抱けなかった。それでもかれらのうち、どちらかが出した命の源であるのだと思うと、愛おしさと興奮で感覚がまひして、飲みこむことさえ勿体なさを覚えた。惜しむようにごくっと嚥下すると、からだの奥がじんわりとあたたかくなった。
「ん、う」一息つくまえに、彼の顎がぐいともちあげられる。
 はっ……と切羽詰まったように息を詰める気配がして、びちゃ、と鼻先に粘液がかかる。ほとんど穴にはいりこみそうなほどの勢いだった。びゅーっ、びゅっ、とつづく射精はきちんと咥内の中に発射されたが、舌の上にのったり、頬の内側に当たったりと、ねらいはまちまちだった。よほど余裕がなかったらしい。彼は鼻にかかった子種を指でぬぐって舐めしゃぶった。
「っぅ、ぇ……」
 最初のよりもツンとしたにおいが強く、彼はすこしだけ子種を吐いてしまった。けれどにおいは鼻に触れたせいかもしれず、判断はつかなかった。味わいは確実にこちらのほうがえぐみがひどい。濃度や量の差はわからず、どちらのものか当てるなんて、無茶だと彼は思った。
「大丈夫か」
 ハーデスの気遣うような声がして、視界が明るさを取り戻す。彼はぐったりと恋人にもたれかかった。
「どちらがどちらのか、わかったかな」
「う……わから、ない……」
「イメージでいいんだよ」
「は、外したら……」
「どうもしないさ。フフ、もしかして期待していたかい」
 ——お仕置きを。と言いながら、ヒュトロダエウスは彼のたちあがったままの性器を指ではじいた。ひっと鳴いた彼の額に、ハーデスの唇がよせられる。
「……気にするな。そもそもがこいつのくだらない思いつきだ」
「ひどいなあ。キミだって存外ノリノリだったじゃないか」
 ハーデスはヒュトロダエウスの言葉を無視した。
 彼はなんとなくふたりの股座にちらりと視線をむけた。ハーデスのものはまだわずかに硬度を保っているが、ほとんどやわらなくなってだらりと垂れ下がっている。ヒュトロダエウスのものは、いつものことながらなかなか萎まない。いずれにせよてらてらと濡れた表面には、動物的な生々しさを突きつけられてくらりとした。
「ワタシたちのをキミにあげるのは、先に答えてからだよ。大丈夫、外してもちゃんとあげるからね」
 その視線のゆくえと、感情のゆらぎをめざとく悟ったヒュトロダエウスが小さく笑う。
「…………最初のが、ハーデス、のだと思う」
「へえ。つまり、彼の方が早漏」
「ヒュトロダエウス」
「そ、そういう意味じゃ」
「わかっているよ、ほんの冗談だ。ところでキミはどうしてそう思ったんだい」
 どうして、と言われても。と彼は唇をむすんだ。なんとなくとしか言いようがない。ただ最初のものを飲みこんだときに、からだがあたたかくなって、どこか多幸感につつまれるような感覚がしたのだ。
 正直にそう口にすると、ヒュトロダエウスは何かがおかしくて仕方がなくなったのか、肩をふるわせて笑った。
「フ、フフフ……さすがはキミだね。
 いや、当たっているよ。よかったじゃないか。ねえハーデス」
「…………だまれ」
 ハーデスはふたりに顔を見られないようにそっぽを向いていた。わかりやすい照れ隠しの仕草だったが、彼はなにか気分を害してしまったかと、不安そうな面持ちで「ハーデス?」とかれの頬に手を伸ばした。
「ぁ、っ……」彼の手首がつかまれシーツが波うつ。ハーデスの表情をうかがう前に、その顔は首筋に埋まって肌に吸いついた。
「仕置きがしてほしいんだったな」
 耳元で熱っぽい言葉がささやかれる。なにかがハーデスの琴線に触れたらしいということは、彼にもわかった。萎えかけていた逸物がそりかえっている。
「えっ、あ、当てたのに……っ」
「あー、まあ、どちらでもいいだろう」
「めちゃくちゃだなあ。それじゃあワタシも……えい」
「んっ、んう……!」
 どうして、当てたのに! という叫びは、咥内にねじこまれたものによって塞がれた。尿道内にのこる残滓が垂れて、そのえぐみに、たしかに二度目のものが、ヒュトロダエウスの出したものであることを否が応でも意識した。
「もし外していたら、間違えようがないくらい、たくさん口に出してあげようと思っていたけれど……見事当てたからね、きっと彼が“ナカ”にいっぱい出してくれるよ」
 ヒュトロダエウスはにこにこと笑いながら、彼の咥内を勝手に蹂躙した。どちらにせよかれは、もうすこしも迷うことがないように、味を覚えこませるつもりのようだった。
 性器をややきつく握られて、彼のそれかけた意識がハーデスに戻る。ご褒美だとでもいうように甘くしごかれて、彼は、んっ、んっ、とくぐもった喘ぎをもらした。性急な刺激はハーデスの激しい興奮を伝えてくる。
 今夜はいつもよりもたっぷりとしろい欲望をそそぎこまれる予感がして、彼は期待に思考をとろけさせたのだった。


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