Amor

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 夜の帳のおりた部屋を、ぼんやりとした灯がてらす。やわらかなソファにゆったりと身を沈めながら、今日の議事録に目をとおしていると、となりに座る彼が、深夜の間際のおだやかな静寂に、うつらと睡魔におそわれたのか、おおきなあくびをした。
「眠いなら、先に寝たらどうだ」
「……君と一緒がいい」
 ハーデスは議事録に目を落としたまま、だまって彼に手をまわして引きよせてやった。彼の頭の重みが肩にもたれかかる。
 こういうときヒュトロダエウスがいれば、先にふたりで寝ているのだが、あいにくまだ帰ってきていない。この調子だと、今夜はふたりきりになりそうだった。三人でねむるために拡張されたベッドは、ふたりには広すぎる。そんなだだっ広くつめたいシーツに、ましてひとりきりでは横たわりたくはないだろう。
「ヒュトロ、帰ってこないなあ」
「今日は大物の審査依頼はなかったはずだが……」
 ハーデスははたと気づいた。親友の思惑に。いや余計な気遣いとでも言おうか。これでちょうどいいからとその通りにやってしまえば、あとでからかわれることは必至だ。だいたいその日の気分というものがある。ハーデスはちらりと隣の彼を見やった。心地よい眠気に身をゆだねている彼は、その視線に気づかずに、ぼうっとハーデスの手元を見つめたままだった。エーテルの波形もおだやかに揺らめいていて、とてもリラックスしていることがわかる。ハーデスとふたりきりのときだけに見せる波長だ。ヒュトロダエウスがいるときも緊張はないものの、彼がひとりきりのとき、ハーデスとふたりきりのとき、ヒュトロダエウスとふたりきりのとき、三人でいるときとは、それぞれ微妙な差異がある。
 エーテル視をしたのはほとんど無意識だった。ハーデスは眉間に皺をよせた。情欲を刺激されたのだ。彼の魂は特別だ。視るだけで満足だったそれとエーテルを交わしてからは、触れてみたい、味わいたいという欲求に歯止めがきかなくなってしまった。親友の思い通りになるのは癪だが、“抱く”側であればいつものことだ。
 ハーデスは彼の肩を抱いた手で、頬や顎の下をなでてやった。彼はぞくっとしたように身をふるわせて、ハーデス、と呼びながら見上げた。名をつむいだ唇に吸い寄せられるように口づける。議事録が保存されたクリスタルを置いて、彼をソファに押し倒す。首筋に吸いつくとたまらないように頭をかき抱かれた。
「んっ……君から、って、とても久しぶりな気がする……」
「……そうかもな」
 ハーデスは言葉少なに返した。たがいのローブをエーテルに還し、素肌をあわせるとあたたかく心地が良い。彼の立てられた膝が、ハーデスの腰をあまくはさんだ。彼やハーデスが身じろぐたびに、ゆるくたちあがった象徴の先端同士がキスをした。そこに触れようとした手をつなぎ止めると、せつない刺激に彼の腰が浮く。
「ぁ、ハーデス……っ」
「触ってほしいのか?」
 わかりきったことを聞いてねだらせるのは気分がいい。心の奥底に存在する、支配欲という名の本能のひとつが満たされる。
 素直にうなずいた彼の唇をふさぎ、舌を差しこむと、彼は愛を乞うように懸命に奉仕した。ハーデスはキスをしながら、彼の胸の粒を指先でかるくひっかいてやった。とたんにびくついて、ハーデスの腰をはさむ足にぎゅっと力がこめられる。良い反応をみせたそこを、執拗にくりくりと弄りつづけると、飲みこみきれなかった唾液が彼の口端から垂れだした。もうほとんど舌の動きはおろそかになって、与えられる刺激に陶酔している。
 硬度をましていく性器から先走りがとろりと垂れ落ちて、彼の腹に水たまりをつくっていた。ハーデスはキスを続けながらそれをすくいとり、彼の乳首に塗りつけた。ぬるぬると円を描くようにやさしくこねまわす。彼は、ん、ん、とくぐもった喘ぎを漏らした。もどかしいのだろう。以前は乞われるままに愛撫をほどこしていたが、ヒュトロダエウスが交わるようになって、“焦らす”という行為がことのほか気分を盛り上げることを知り、彼をとろけさせることに余念がなくなった。必死に胸や腰を突きだして、さらなる刺激をもとめる姿が愛らしい。
 だが焦らすというのは、それだけ自分の快楽も遠ざける。ハーデスのものもすっかり張りつめて欲の解放をもとめていた。愛撫の手がしだいに性急になり、粒を撫でるだけだった指が、扱くようにつまんで何度もこすった。キスも荒々しく貪るように変貌し、腰は裏筋を擦り合うように前後した。荒い吐息のむこうに、ぬちぬちと糸をひく音が聞こえる。
 そろそろ先に進みたくなったハーデスは、唇を離して彼を見下ろした。彼の頬はすっかり上気し、はぁ、はぁ、と息をもてあましながら、とろけたまなざしを向けた。
「起きろ」と端的に告げて、彼が身を起こすのを手伝ってやる。意図を察した彼はハーデスに支えられながら、ふらふらとした足取りでベッドに向かい、ひやりとしたシーツに横たわった。
「ハーデス……僕も、君を愛したい……」
 彼は覆いかぶさろうとしたハーデスを制止して言った。黄金色の瞳が迷うようにゆらいだが、結局、好きにさせてやることにした。身をゆだねるように力をぬくと、体勢がぐるりと反転する。上にまたがらせてすることは少なくなかったが、このようにまさしく“見下ろされる”姿勢になることは珍しい。居心地の悪さに、ハーデスの視線が逸れる。
「君が好きだ」羞恥に追い討ちをかけるように耳元でささやかれて、頬に朱が差す。顔が熱くなるのを自覚したハーデスは、見られる前に彼の頭を抱き寄せた。首筋をちゅうと音をたてて吸われる。「ン、」と小さな声が漏れて、ますます恥ずかしさがこみあげる。
「どうしたんだい、ハーデス」
 彼はハーデスに抱きしめられながら、不思議そうな声で言った。今日のかれはいつもより大人しい。常であれば主導権を握られても、皮肉っぽい笑みを浮かべて、やり返してくるというのに。
「もしかして……今日は、僕に抱かれたかった?」
 図星だと、認めざるを得なかった。ハーデスはぐうの音も出ずに顔を背けた。なんとしても顔だけは見られないように腕に力をこめる。しかし、単純な腕力では彼に分があった。
 無理やり腕をこじあけられ、押し退けようとする手もつかまれて、彼の頭が解放される。視線がひしひしと突き刺さる感覚がした。頬のみならず耳まで真っ赤になっていることも、もはや隠しようがない。
「ハーデス、……かわいい」
「だまれ……ッん」
 彼の指がハーデスの胸の粒をくすぐる。引きつった声が漏れそうになって、ぎりぎり口を引きむすんだ。彼は反応を愉しむように、ハーデスの顔をじっと見ながら、さわさわと掠めるような刺激を繰り返した。
 彼の愛撫は妙に手慣れている。常日頃からハーデスやヒュトロダエウスに施されているぶん、引き出しが多く、どのように刺激されれば気持ちいいのか熟知しているからだ。ハーデスよりも上手をいくと言ってもいい。
 無意識に胸を突き出しそうになるのを堪えて、しかし、ぴくぴくと筋肉が痙攣したり、眉根がぎゅっと寄るのは抑えようがない。風で火を起こすように、体の中心でくすぶる熱が勢いをましていく。もちろん、彼の顔など見ていられるわけがない。ハーデスは目をつむって耐えていたが、唐突に、片方の乳首をぬれた感触がおそった。
「っ……ン……ふっ……」
 目を瞑れば、新たな刺激に対してより敏感になる。一方的な愛撫を受け慣れないハーデスが、そのことに気がついたのは、実際に乳首を舐られてからだった。目をうっすらとあけて確認すると、今まさに彼の舌先が乳頭を転がそうとしているところで、今度は視覚的な暴力に打ちのめされる。
「やめ……ァッ……」
「ひもひいいはい?」
 身をよじらせるハーデスを押さえつけて、彼が微笑みながらまぬけな声で問いかける。凝った乳首が舌先でこねまわされて、制止の声をあげようとするたび喘いでしまいそうになるので、ハーデスは口を閉ざす他なかった。ぢゅッ、と音を立てて吸われて、体にぴんと力が入る。目を開けて見ていても、しゃぶられている乳首が、咥内で何をされているのかは確認しようがない。丹念に舐められていたかと思えば、なんともいいがたい刺激が駆け抜けて、喉奥からうめくような声が漏れでてしまう。
「な、……にをして……っ」
「ん……気持ちいいだろう、これ」
 彼はにこにこと笑いながら、もう一度乳首に吸いついた。ふたたび舌とはちがう異質な感触に襲われて、はあっ、と首がのけぞる。
「……まさか、噛んでるのか……ぁっ……くっ……」
 彼は当たり、と言って唇を離した。舐めしゃぶられた乳首は真っ赤にはれ、てらてらと濡れ光っていた。いかにも敏感になったような見た目どおり、彼の指がそこに触れると、最初よりも明らかに強い快感が走った。
「っ……いい加減、……ヤるなら、さっさとヤれ……ッ」
「でも、もう片方もしてほしくないかい?」
「必要な、い、やめ……ンっ」
 指でいじられていただけの乳首も、同じようにぷっくりと腫れるまで丁寧に仕上げられる。終わった頃にはすでに、ハーデスは息も絶え絶えだった。
「はー……はー……もう、挿れろ……」
「まだ全然、君を愛せていないから、だめ」
 いいから挿れろ、という言葉は、彼がハーデスの股座に顔を埋めるとともにのみこまれた。先走りでべとべとにぬれた表面を掃除するように、舌が隙間なく舐めとっていく。
 彼にしゃぶられること自体は、行為のたびにしているといってもいいくらいだが、ここまで射精感をあおられた上ではない。挿れる前の気分を高めるための愛撫であったり、彼がヒュトロダエウスに抱かれている間に舐めさせたりということがほとんどだ。
 されるがままというのにも、うんざりしてきたハーデスは、彼の頭をつかむといつものように腰を突きあげた。喉奥に亀頭が打ちあたり、嘔吐反射のうねりに心地よく刺激される。どうせ今日は挿れられる側なのだから、ここで出してしまっても構わないだろう。と遠慮なくピストンする。高められた身体はすぐに絶頂へとのぼりつめていく。ぐぽぐぽと咥内を犯しながら、ハーデスは息を詰めた。彼の頭を股座に押しつけて、ぐっと腰を突き上げる。
「っ……は……っく……」
 どろりとした精液が尿道を通り抜けていく。いつもより濃く量がおおい気がしたのは、気のせいではなかったのだろう。彼が咳き込みながら、ほとんどを飲み込めずに吐き出してしまったからだ。よほどのことがない限り、いつも半分は飲めているのだが。
「……大丈夫か」
「っ……ハーデスの……」
 彼は性器の根元付近にべっとりと付着した白濁液を舐めとっていった。
「待て、そこまでしなくても」
「ん……君のを全部、僕の一部にしたいんだ」
 とろんとした顔で言われれば、それ以上は止める理由がない。彼は下生えに絡みついた種も、丁寧に唾液をまぶしながら掃除し、ほとんど萎んだハーデスのものをもう一度咥えこんで、残滓を吸いあげた。出したばかりで敏感になった性器を刺激されて「アっ」と声がもれる。
 彼はやわらかくなったハーデスのものを、しばらく執拗に吸っていたが、もう出るものがないとわかるとやっと口を離した。
「は……私にも舐めさせろ」
 ハーデスと彼は体勢をいれかえた。仰向けに寝転がった彼の下肢の中心では、見慣れた性器が刺激を待ち望んでふるえている。その根元に唇をよせると、ひくんと跳ねて、蜜がたらりと腹に落ちた。
「はあです、」むずっとする声で彼にねだられ、気を良くしたハーデスは、まず下の膨らみを唇で咥えた。伸縮性のある包皮を伸ばすように何度も食む。
 中につまった子種は自分と同じように役目を果たすことはないが、彼が子を成したいと望むなら、それもいいだろうと思った。そんなことを言えば、ぎゅうと息も詰まるほど抱きしめられて、恥ずかしいことを色々言われるのは明白なので口に出すことはなかったが。逆にハーデスの子供が見てみたい、などと言われたら、とりあえずばかなことを考える余裕もなくなる程度には、愛してやるだろう。
「は、ハーデス……そこばかり……っ」
 これだけでも充分感じているだろうに。ハーデスはフ、と笑った。滴りつづける露を見れば明らかだ。
「どうしてほしいんだ、ん?」
「ぁ……君の口の中に……いれてほしい……」
 先端の鈴口をとんとんと叩けば、指との間に糸が引いて、またぷっくりと蜜がふくらんだ。
「私に挿れる前に、出すなよ?」
 ハーデスは彼のがちがちに硬くなったものを一息にのみこんだ。口の中でびくつく幹に舌を這わせると、彼の濃密なエーテルの味わいがひろがる。
 さて、こいつの感じるところはどこだったか。
 唇でゆっくりとしごきながら、舌先で裏筋を擦りたてると、反射的にか腰が浮いてハーデスの喉を突いた。かるい嘔吐きを覚えたが、なんとか堪えて暴れるなと腰をおさえる。その状態で執拗に同じところを舐めつづけると彼がうわずった声をあげた。
「そん、なにしたら、すぐ……いきそ……っ」
「なんだもう出るのか、堪え性がないな。それで私を満足させられるのか?」
 まあ、出したら出したでいつも通り“抱く側”になるだけだ。
 ハーデスはふたたび頭を下ろして、亀頭部にしゃぶりついた。敏感な雁首をぬれた唇で容赦なくしごき、舌先で鈴口をねぶってやる。彼のものはますます硬くなり、今にものぼりつめそうになっていた。
 主導権を握りなおせば、こんなものだ。そうハーデスが自分の優位を確信したとき、彼が強引に腰を突き上げた。
「んぐッ!」思わず咥内のものを吐き出してしまう。噛みつくよりはマシだっただろう。いきなり何をする、とわずかに涙が浮かんだ目で彼をみると、燃えるようなまなざしに見返されて、はっとする。
「僕だって、男だよ」
 上体を起こした彼は、ハーデスの頬を包むように触れて涙をぬぐった。
「ゆっくり舐めて」
 濡れた先端がハーデスの唇をこじあける。
 抵抗はできなかった。愛おしそうに細められた目に逆らえなかった。言われた通りにゆっくりと飲みこんでいくと、褒めるように頭皮をなでられる。
「僕が君のを舐めてるとき、いつも何を考えていると思う」
 そんなこと知っているわけもない。言われた覚えがない。ハーデスの怪訝な表情を気にすることもなく彼は言葉を続けた。
「これが僕のなかに入って、気持ちいいところをたくさん突いてくれるんだなあって、考えているんだよ」
 そう言って彼は腰をゆったりと動かした。快楽を追うというよりは、性交に見立てるように出し入れする。
 ハーデスの背筋をぞくっとしたものが駆けた。
 意識した。口の中にあるものの輪郭と感触を。いつもはただ可愛がってやるだけの、この決して小さくはないものが、なかに入って形を刻みつけてくる。これから彼に抱かれるのだという実感がこみあげる。今このとき彼は自分を支配する“雄”に他ならなかった。
「……わかった?」
 ハーデスは頷くしかなかった。認めるしかない。私は今夜、こいつに抱かれたいのだと。
 口に含んでいた性器が抜きとられ、ハーデスはベッドに横たえられた。
 いよいよ、彼の指が後ろの窄まりに触れる。受け入れることに慣れていないそこは、きゅっと締まっていて抵抗がつよいものの、ハーデス自身から伝い落ちた粘液に濡れそぼっていた。液をぬるぬると皺に塗りこむようにされて、くすぐったい感触に腹筋がひきつる。
「ハーデス、ゆっくり呼吸して、力を抜いて」
「…………うつ伏せでいいか」
「うん、君の受け入れやすい体勢でかまわない」
 受け入れやすいから、というよりは、ただ恥ずかしいからだが、あえて訂正することはしなかった。姿勢をうつ伏せに変えて、シーツに顔を埋め、無防備に尻をさらけだす。これはこれで如何ともしがたいが、少なくとも顔を見られるよりはマシだ。ハーデスはゆっくりと深く呼吸した。彼のものを受け入れたことは、片手で数えられるほどしかない。つぷ、と指先が埋まる。それだけでひどい圧迫感がした。生温い液体が創造され、そそがれていく。潤滑液をかねた洗浄だ。不純物は分解される。だが本来、何かが入ることを想定されていない器官には、なかなか奥まで注入されず、とろとろと溢れてシーツに染みをつくっていた。彼はハーデスが痛がらないよう、慎重に指で中を探っている。
 いっそ、痛いほうが気が散ってよかっただろう。彼に抱かれるのは嫌いではなかった。いや、本音を言えば、抱くのも抱かれるのも、あるいは挿入をともなわない行為にも、さしたる違いはないのだ。ハーデスも、彼も、ただ肉体という枷を通じて快楽を共有し、愛し合い、エーテルをとけあわせることが目的なのだから。そこを使ってつながるのは手段でしかない。その上で、肉体も精神も一体化するのは、これ以上ない悦楽なのだ。
 ただ、どちらかといえば抱くほうが、ハーデスの性には合っていた。抱かれるというのは、どうにもいたたまれない気持ちになる。自分のなにもかもをさらけ出してしまうことが——しかし、こいつにならいいか、と思ってしまったのも事実。
「ッ……は、ァ……」
 中をぬるぬると彼の指が出入りしている。さすがに慣らすのもうまい。圧迫感はぬぐえないが痛みはまったく感じないし、背中や尻臀にキスを落としたり、肌をあたためるようにさすったりして、緊張をほぐすことにも長けている。そして、執拗にこねられているところから、なんともいえないむずむずとした感覚が高まっている。おそらくそこが前立腺なのだろう。彼の身体はそこで快楽を得られるようになっているが、ハーデスはまだ感覚が育っていなかった。
「そこは、いい……」
「でも気持ちよくなってほしいじゃないか。君だって、僕を気持ちよくさせてくるのに」
「……今度でいい、今は、早くお前がほしい」
 彼はあまり納得のいっていない表情をみせたが、ハーデスは無視した。言葉の半分は本音で、半分は嘘だ。そこの快楽を知ってしまったら、戻れなくなりそうなのが怖かった。彼に抱かれるのはたまに、でいいのだ。
 ハーデスは魔力をねりあげると、彼の指を中から追い出して、かわりに自分の指を突っ込んだ。ぬるりと熱い体内へ魔力をながしこむ。
「ッ……ンぁ……!」
 神経をビリッと魔力がはしる。その瞬間から、中にそそぎこまれた粘液がだらだらとあふれ出した。括約筋を操作し、彼のものを受け入れられるようにつくりかえたのだ。
「はぁ、はぁ……いれろ」
 いつヒュトロダエウスが帰ってくるかもわからない。自分が抱かれている姿を親友に見られるのだけはごめん被りたい。だからこそ留守にしているのだろうが——たまにはね、などと言いたげな微笑が頭にうかぶのを振りはらう。
「ん、痛かったら教えて」
 尻のあわいに迸るような熱量があてがわれる。切っ先が入口を探るようにくすぐって、神経の密集地帯がその形をありありと思い出させた。挿れやすいように腰が自然に浮いてしまう。ハーデスは火照った顔をシーツに埋めた。
「ぁ……ん……ぅく……っ」
 ぎゅっとシーツを握った手のうえから、彼のあたたかな掌が重なった。痛みなど微塵もなくずぶずぶと奥深くまで沈みこんでくる。
「痛くないかい」彼がささやく。ハーデスは返事のかわりに彼をつよく締めつけた。荒い吐息が首筋にかかる。存外興奮しているらしい。ハーデスが抱かれたいという欲求を覚えるように、彼もまた抱きたいという欲求を覚えることがあるのだろう。
 根元までは挿入されないまま、ゆるやかな抽挿がはじまる。中でとめどなくあふれる先走りが潤滑油となって、出入りがなめらかになっていくのがわかる。だがあまり早く動くとすぐ限界がくるのだろう、彼は余裕のなさそうな息を漏らしながら、ハーデスのなかをゆっくりと味わっていた。
 ぐ、ぐ、と腹側を先端で押しつぶされる。むずむずとした疼きがたまる。まだ諦めていなかったのか、とハーデスは歯を食いしばった。そろそろまずい。もどかしいような感覚は快楽に変わりかけていた。
「ぁ、……ん……もっと、奥に来い……」
 体内の質量がどくんとひとまわり大きくなったような気がした。気乗りのしない反応が返ってくるかとも予想したが、ぐっと奥まで腰を突きいれられて、ハーデスはシーツを噛みしめながら声をおさえた。
「は、っ、は、っ……ごめ……もう、出そ……っ」
「ンっ……んっ……出せ、……っ」
 ハーデスの背におり重なるようにして、彼が密着する。ぬちぬちと奥を小刻みに突かれて、シーツに唾液のしみがひろがる。からだの下で押しつぶされたものがぬるぬると擦れる。彼の手が横からハーデスの胸もとに入りこみ、ぷっくりと腫れた粒をつまんだ。
「は、ァ……ん……っ」
「ハーデス……すきだよ……っ」
 ハーデスの真っ赤に染まった耳は食まれて、彼の愛が告げられる。わかりきっていることだというのに、言われずとも知っていることだというのに、言葉にされるとなぜこうも羞恥を誘うのか!
 背に密着するからだが強張り、ん、あ、と震える。彼の性器が脈打ちふくらんだ。最奥に種をおくりこまれている。愛する彼のエーテルに侵される。ハーデスのからだがビクンとはねた。一瞬、すべての思考が飛んだ。まさか、これだけで、と目を瞬かせる。腹とシーツの間にはさまる逸物は、もとからべとべとに濡れていて、出したかどうか判別がつかない。しかし硬度を保っているのでいわゆる、軽い空イキをしたのかもしれない。
「はぁ、はぁ……もしかして、気持ちよくなった……?」
「知らん……っ、もう抜け……」
「まさか。もったいない、君より僕のほうが体力あるってこと忘れたかい」
 ハーデスはこの瞬間、二度と抱かれるものかと後悔した。だがそんな思考も再開された律動で霧散した。一度目とは異なり、切羽詰まっていない、余裕たっぷりの長いストロークで中を擦られる。快楽のつぼを知りつくしている彼は、的確に前立腺の位置をえぐってくる。もはや声をおさえる努力も無に帰していた。横隔膜を圧迫されるたびにうめくような声がもれるのは、生理的現象でどうしようもなかったし、それだけではなく、確かにハーデスは中での快感を覚えてしまっていた。
「ぁ……っ、くっ、はっ……あっ……」
「ん……ハーデス……気持ちよさそう……」
 うっとりした声が降りかかる。
「気持ちいいのはお前だろう」とハーデスが思わず返すと、彼は当たり前のように「うん、君のなか、気持ちいい」とうなじにキスを落とした。またしても甘い悦楽が駆けぬける。感極まったような声をあげてしまい、ハーデスは今すぐ気絶したくなった。
「ね、顔見せて……」
「絶対に……厭だ……」
「君だっていつも僕の顔みてるじゃないか」
 それとこれとは別だと思った。そもそも彼は顔を見られることを厭がらない。
 ——というより、興奮する私の顔を見たがるというのが正しいか。
 奥がきゅん、とうずいた。彼はどんな顔をしているのだろうかと想像してしまった。いつも自分の下でよがっている彼は、今は上で男の顔をしているのか。
「そうだ、キスするならいいかな。そうしたら、顔は見えないから」
 彼がぱんぱんに膨張した性器をずるりと引き抜く。
 ハーデスは黙って振りかえり、彼の頭を性急に抱きよせた。顔を見られるより先に唇をふさぎ、咥内をむさぼりながら、からだを反転させて仰向けになる。彼の手に太ももが持ち上げられる。濡れた先端がまたあてがわれて、ぞくぞくとした震えが走る。受け入れる瞬間はいまだ慣れない。
「……んう……っ!」
 舌根がぴんと張る。気づけばハーデスの脚は、彼にしがみつくように腰にまわされていた。ゆっくりとしたピストンはだんだん速度を増し、粘着質な音とともに、肌がぶつかりあう音がなりひびく。揺さぶられ、犯されているという事実に脳が陶酔する。
 ハーデスの舌のうごきがおろそかになって、快楽に没頭しはじめると、彼は唇を離した。
「ぁ……、お、い……っんあ……!」
 とっさに腕で顔を隠そうとするも、両手をシーツに縫いつけられてかなわない。たまらずぎゅっと目を瞑った。ひどい顔をしている自覚はあった。唾液を垂らして、目はうつろで、肌は興奮で紅潮している。
「かわいい、僕のハーデス……ここ、気持ちいい?」
 彼にがつがつと前立腺を突き上げられ、ハーデスの全身が硬直し、断続的に痙攣した。あ、あ、と情けない声をあげて絶頂に押しあげられる。ひくひく跳ねた逸物から、とろとろと漏れ出るように精液が垂れた。
「僕をみて、ハーデス……」
 ハーデスは半ば思考を放棄して、目を開いた。
 情欲の燃えさかる視線に射抜かれる。
 たまらない、と思った。羞恥や尊厳がどうでもよくなって彼の腕に抱かれてあえぐ。すべて見せてやる。そのかわりすべて見せろと、見つめ合いながら快楽をむさぼった。

「あっ……あ、あぁ……っ!」
 幾度目かの絶頂にかれた声をあげる。途中からわけがわからなくなってきて、いろいろ恥ずかしいことを口走った気がした。気持ちいいだとか、もっとだとか、たまには抱けだとか……こいつが悪いのだ、とハーデスは開き直った。延々と耳元でかわいいとか好きとか言い続けるものだから、頭がおかしくなったに違いない。
 ほとんど無尽蔵の体力をもつ彼といえど、そろそろ種のほうが尽きたらしい。ついばむように口づけられて「きもちよかった?」と何度目かの同じことをたずねられる。見ればわかるだろうとは思ったが、ハーデスは素直に「ああ」と答えてやった。
 ちゅ、ちゅ、と甘いキスを繰り返していると、突然、横からぬっと影が伸びた。
「やあ、ずいぶん盛り上がっていたね」
 ヒュトロダエウス! ハーデスの口がぱくぱくと開閉し声にならない叫びを放つ。
「お、まえ……っ! いつから……!」
「ううん、キミがもっとキスしろってねだっていたあたりからかな」
「気付いてなかったんだ……」
 絶句する。見られたくないところを見られていたことも、そこまで行為に夢中になっていた自分にもだ。気を使って出て行ったなら、帰ってくるときも気を使え! と言ったところで、何のことかなとはぐらかされるのは目に見えている。ハーデスは、はああと深いため息をついた。
「もう……抜け……」萎えた。気持ちが完全に冷めた。シーツに顔を埋める。すべて忘れたい。
 性器を抜いた彼があわてて、不貞寝するようにうなだれたハーデスを抱きしめる。
「えっと、……君もヒュトロに抱かれてみるかい」
「……ハァ? なぜそうなる!」
「いや、そうしたら恥ずかしいのも気にならなくなるかなと……」
 ヒュトロダエウスは興味深げにつぶやいた。
「そうか、キミをかあ……」ハーデスの興奮さめやらぬ顔を舐めるように見る。
「うん、ワタシはかまわないよ」
「冗談じゃない。それ以上言ったら……」
「無理強いするつもりはないから、その魔力は抑えてほしいな」
 ヒュトロダエウスは、彼に抱きしめられているハーデスに手を伸ばして、汗に濡れた髪をかきあげた。何を視ているか丸わかりだ。彼との交わったエーテルを視ているのだろう。常ならば彼をみるような目で観察されるのは非常に居心地が悪い。ハーデスが眉間にしわをよせていると、唐突にヒュトロダエウスの顔が近づいた。
 ちゅ、とリップ音を立てて唇が離れる。一拍遅れてわなわなと震える拳から魔力がわきだした。
「いや、だって、キスは今さらだろう?」
 ヒュトロダエウスは半分笑いながら両手をあげた。
「は、ハーデス……抑えて」
 冥界から力が集まる前に、彼がハーデスをなだめすかし——もとい愛撫で気をそらそうとして結局、ヒュトロダエウスと彼は超硬エーテルロープによって裸吊りにされたという。


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